喫茶店

 こんばんは。今日は外には行かないのか? ふうん。

 あ、そうだ。今日、ちょっと変わったことがあったんだよ。聞いてくれないか? そっか、ありがとう。

 

 この前さ、観光ついでに町に出たんだよ。ま、蟲探し半分、観光半分って感じだったけど。で、小さい蟲を退治して、どこかで休もうかと思ったんだ。何か食べたかったしね。

 でも時間は昼でさ、どこの店も多いんだ。アタシはあんまり待ってるのが好きじゃないもんだから、どっか空いてる店ないかなって思いながら歩いてたんだよ。

 そしたら……狭い路地の手前あたりだったかな。結構空いてそうな店を見つけてね。近付いてみたら喫茶店で、しかも誰も入ってなかったんだ。通り過ぎる人も、見えてるはずなのに無視してるみたいでさ。

 今から思えばその時点で変なんだけど、アタシそのときはとにかく何か食べたくって、入ってったんだよね、そこに。

 中? うん、すごく雰囲気が良くてさ。椅子もテーブルも、かなり年代ものっぽかったけど、綺麗にしてあって、そうだ、クラシックもかかってたっけ。

 メニュー見たら、結構家庭料理が多い印象だったな。で、魚のスープ――ウハーって言ったっけ――と、ブリヌイを頼んだんだよね。ああ、そうそう、猫が一匹、カウンターで寝そべってたのを覚えてるよ。サイベリアンって言ってたっけな、種類。ちょっと撫でさせてもらったんだけど、すごいモフモフだった。紅花なんかが喜びそうなくらいね。

 で、えーっと、どこまで話したっけ? あぁそうそう、料理も美味しくてさ、何で客がいないんだろうってくらい。

 そこのお店、夫婦でやってたらしいんだけど、アタシが来たのをほんとに喜んでくれてね。客が入るのは珍しい、みたいなことを言ってたから、こんなに美味しいのに? って聞いちゃったんだ。

 別に店に何か悪い部分があるって訳じゃなさそうだったのに、何だって客が来ないんだろうって思ってね。

 そしたら、夫婦でやってるから、広告とか出せないらしくって、それに小さな店だから、常連さんも近所の人くらいだって返ってきたんだ。

 で、店を出るときにこう言われたんだ。

「また来年、御出で下さい」って。

 変な挨拶だなー、と思ったんだけど、その時は、別に気にしなかったんだよね。言い間違えたか、アタシが聞き間違えたのかと思って。

 それで、今日さ、昼にちょっと外に出てたんだ。たまたまそのお店の近くを通りかかったんで、今日も空いてるかなと思って見に行ったんだ。

 

 ……無かったんだよ、そのお店。そこだけぽっかり空き地になってて。

 

 道を間違えたのかと思ったんだけど、そんな訳もなくて。潰れたにしても一週間も経たないうちに更地になるか? って話だよね。工事の跡なんかも無かったし、結構草も生えてたし。

 そこで、帰り際に言われたことを思い出して、近所の人にその喫茶店について聞いてみたんだ。

 で、どう言われたと思う?

 その喫茶店、十何年前に火事で全焼してたんだ。旦那さんも奥さんも、その火事で亡くなったんだって。

 でも時々、焼けちゃったはずのその喫茶店に行ったって人はいるみたいでね。聞いたらそれは決まって、火事になった日なんだって。

 

 ……そういえば、あの店の旦那さん、やけに色が黒かった気がするな。