非日常的日常 #6

「続いては天気予報です。――は晴れ、最高気温は――。本日は暖かな一日となるでしょう」
 リビングのテレビから天気予報が流れている。
 ソファに座り、頬杖をついてテレビを見ていた零は、リビングテーブルに置いていたスマホの通知音に気付いて視線をそちらに向けた。
 手を伸ばし、スマホを取り上げる。
 年始のフリーマーケットに出品されているらしい、曰く付きの品についての依頼が新しく書きこまれていた。
 曰く付き、ということもあって、あまりそちらには興味を持てなかった零だが、
(フリマ、か)
 フリーマーケットには心を引かれた。
 というのも零はつい昨日、年が明けてから一度帰国すると言っていた両親が、年末に発生したトラブルの処理で二人とも帰ってこられないと聞いたばかりで、暇と一人の寂しさを少しばかり持て余していたのである。
 ちょうど、解決部の部員も出店しているということだし、ちょっと見に行こう。
「フリマ行ってくるね」
 そう口に出すと、それに答えるように、家の中からパンパンと音が鳴った。


 冬晴れの青空が広がっている。
 空気は冷えているものの、気温はそこまで低くはない。ダウンジャケットを着ていても寒かった去年の今ごろと比べると、今年はだいぶ暖かい。薄手のセーターにカーディガン、厚手のパンツで十分なくらいだ。
 フリーマーケットの会場は人が多い。人に紛れて、人でないモノもちらほらと見かける。
 そういったモノには極力目を向けないようにして、零は店を見て歩いていた。
(あれ?)
 人混みの中に、ちらりと見えた、見覚えのある人影。
 片目を隠した少女――同じクラスの雨森灯麻である。
 しかし同じクラスとはいえ、灯麻と零はあまり話したことがない。一度灯麻からの依頼を受けたことはあるし、うさぎが好きらしいのは何かの折に聞いたことがあるが、それ以上詳しいことは知らなかった。
(こういうところ、来るんだ)
 声をかけてみようか、と思った零だが、どう話しかけようか、と迷っている間に、灯麻の姿は人混みに紛れてしまった。
 気を取り直して店を見て回っていると、会場の片隅の、小さな店が目に留まった。
 他の店から少し離れた場所に出店されている店。
 ブルーシートの上に直接並べられているのは、白黒の家族写真や白いお面、掌に乗るくらいの小さな置き物――海外の民芸品に見える――と、統一されていない。フリーマーケットに出すにしても、珍しい品揃えだ。面や置き物は誰かが買うかもしれないが、誰のものかわからない家族写真は、誰が買うのだろう。
 置き物のそばに、きらりと光を反射するものがある。
 よく見れば、アンティーク品に見える、古そうな手鏡が何枚か無造作に置かれていた。
「お嬢ちゃん、その鏡が気になるかい?」
「え、あ、はい」
 店主らしい女が、にい、と笑う。
「その鏡は特別なものでね、未来の姿が映るんだよ。見てみるかい?」
 白い柄の付いた一枚を手に取る。鏡の裏側には植物を象った浮き彫りレリーフが施されており、持っているとずしりと持ち重りがする。鏡面を見てみると、一瞬背筋がひやりとした。
(――視線?)
 誰かに見られているような感覚。
 他の手鏡も手に取ってみたが、こちらは特におかしな感覚はない。
 少し考えて、はじめに手にした白柄の鏡を指して値段を聞くと、千円、とかえってきた。
 代金を払って鏡を受け取り、鞄に入れる。
 店を離れて掲示板に一度書きこみ、さて解決部の出店は、と入り口でもらった会場内の地図を眺めていると、
「あら、育子さんの姪御さんじゃない?」
 声がかかった。
 聞き覚えのある声にそのほうを見ると、三十代くらいに見える車椅子の女が小首をかしげていた。
 女はウェーブのかかった茶色い髪をボブカットにし、赤いチェックのブラウスにゆったりとしたパンツを履いている。
 女はフリーライターの木船はるといい、伯母の知人である。
 零は以前、『畢生綴り』という本に関わる依頼で、伯母の育子を通して彼女と知り合っていた。彼女が『畢生綴り』について調査を始める少し前、木船は取材先で事故に遭い、以降は車椅子で暮らしているとそのときに聞いて知っていた。
「木船さん……でしたっけ」
「覚えててくれたんだ。そうそう、あの本のことではほんとに助かったから、あなたにお礼を言おうと思ってたんだけど、あのときは直接連絡先聞くの忘れちゃって。育子さんに聞こうと思ったんだけど中々連絡つかなくて……何か聞いてる?」
「いえ、別に何も」
「そう? お正月だし、実家に帰ってるのかしら。確か、育子さんの実家って――市だったわよね?」
「さあ……行ったこと、ないので」
 ポケットに入れていたスマホが鳴る。
「あら、電話? ごめんなさいね」
 それじゃね、と笑って、木船が車椅子を動かして去っていく。
 スマホを引っ張り出すと、掲示板への書きこみに返信がついていた。

――From:織田寧々
――風切、気になるもんは多いだろうけどさ、無駄遣いはやめとけよ。
――どーしても散財したい時は、あたしん所で使えばいいからな。

 小さく笑って、零は書きこみへの返信ボタンをタップした。


 その後、店の前で商品を見ながら、売り子をしているらしい少女と何か楽しげに話している零の姿を、離れたところから、木船はるはわずかに眉根を寄せて眺めていた。
 膝に乗せていたバッグを探り、手帳を取り出す。
『四歳女児行方不明』
 手帳に挟みこまれた小さな記事。
『――市にて、九月二十日の午前十一時ごろから、四歳の子供が行方不明となっていることがわかった。
 行方不明となったのは風切零ちゃん。特徴は、年齢が四歳、性別が女性、身長は百センチくらい、髪型は黒髪で肩くらいまでのストレート、左目の色が紫。不明時の服装は黒いワンピースに黒い靴下、黒い靴。零ちゃんは箱猫市から――市の祖母宅へ法事のために訪れており、祖母宅の庭で遊んでいたところを、親族が少し家に入った一分足らずの間に行方不明となったと思われる。心当たりのある方は――市警察署まで。電話番号:XXX-XXXX-XXX』
「間違いないとは思うんだけど、嘘を言ってるようにも見えなかったのよねえ……」
 小さく唸って、はるは手帳をバッグにしまいこんだ。