ALTER EGO #1
学校から帰ると、お父様に呼ばれました。
少し、胸がどきりとします。別に何か粗相をした覚えはないのですけれど、いつも忙しいお父様に呼ばれることは、滅多にないのです。
失礼します、とお部屋に入りますと、お父様はどことなく難しい顔をしていらっしゃいました。
何もしていない、はずなのですが、もしかしたら、“由香利ちゃん”が何か――いえ、いくらお転婆でも、幼少のころならともかく、今の彼女がこんなふうに呼び出されるようなことをするとは思えません。
「小雪」
「はい」
思わず背筋が伸びます。
お父様は病院坂グループの総帥です。その立場からくるものなのでしょうか、くつろいでいらっしゃるときでも、どこか威厳が感じられます。
「実は――今年は大事な商談が多くて、クリスマスに家にいられそうにないんだ。年が明けたら少し暇もできるし、そうしたら埋め合わせもするから、クリスマスは我慢してくれ」
少し――いえ、だいぶ拍子抜けしてしまいました。確かに我が家では、クリスマスは家族ですごすのが習慣です。けれどもそれができないからといって、ふてくされるほど私は子供ではないのです。
「わかりました、お父様。お仕事なら仕方がありませんものね。ところで先日、櫻子さんから有栖川邸でクリスマスパーティをするからとお誘いをいただきましたの。参加してもよろしいでしょうか?」
「もちろん。楽しんでおいで」
お父様にお許しをいただけて、私は大喜びで部屋に戻りました。
着替えるより先に手帳を開き、クリスマスパーティに参加することを書いておきました。
身の回りのことは、どんな細かいことでも手帳に書いておくことにしているからです。
幼いころから、私の中にはもう一人、『私』がいました。
もう一人の私は由香利ちゃんといって、引っこみ思案の私とは逆に、とてもお転婆でした。由香利ちゃんのことは、はじめは私しか知りませんでした。ですから由香利ちゃんがしたことは、両親も他の大人も、私がしたことだと思っていたようで、小さいころは、自分が覚えていないこと、つまり自分の知らない間に由香利ちゃんがしたことで、私が怒られることがよくありました。
けれども、そんなときの私の様子がどこかおかしいというので病院にかかり、解離性人格障害――つまりは多重人格障害だと、そう言われたのです。
治療のなかで、何でも細かく書き留めておくように言われ、それ以来、私は身の回りのことを、細かいことまで手帳に書き留めるようになりました。
するとそのうちに、由香利ちゃんも自分の周りのことを手帳に書いてくれるようになりました。
おかげで、人格が変わっている間のことも、おおよそ把握できるようになり、症状も安定してきたのです。
さて、クリスマスプレゼントは何がいいでしょうか。
交換だそうですから、あまり高価なものでは浮いてしまうでしょう。それになるべく、誰にでも喜んでいただけるものでなければいけません。
よく使うショッピングサイトを開いて、じっと考えてこみました。
*****
頭がずきりと痛んで、我にかえる。
眼の前にはショッピングサイトが表示されたパソコンのモニタ。
まず状況をのみこもうと、そばに置いてある手帳を確かめる。
有栖川家のクリスマスパーティに参加すること、参加には交換用のプレゼントの持参が必要なこと。
了解、と手帳に書きこむ。
状況からして、どうやらあたしはプレゼントを吟味していたらしい。
予算はだいたいこれくらい、候補は、と、いくつかのプレゼント候補があげられている。
その下には、いつもの小雪らしくない走り書きで、『どれがいいと思いますか?』と書いてある。
候補を確認しようとして、まだ制服を着たままだと気付いた。洋服箪笥からお気に入りのワンピースを出して着替える。
小雪が着替えも忘れるほど夢中になるなんてこと、なかなかない。よっぽどパーティが楽しみらしい。
着替えてからあらためて、プレゼント候補を確認する。どれも小雪らしい、無難に喜ばれそうなものだ。
小雪が選んだもののうち、あたしもいいと思ったものに印をつける。ついでにあたしもプレゼント候補を書き足しておいた。
有栖川家のクリスマスパーティなら、きっと豪華なものなんだろう。出られる小雪が、少し羨ましい。
当日、五分でいいから変わってくれないかな。
……なんて、ね。
*****
気が付くと、夕御飯もお風呂も済ませていました。
手帳を見ると、書きこみが増えています。
内容を確かめると、プレゼントの候補が絞られていました。
しばらく悩んでようやくプレゼントを決め、注文の手続きをしました。
インターネットでの通信販売というものは本当に便利です。実物を手にとって確認できないのは難点ですが、実店舗の営業時間も気にせず、家にいながら買い物ができるのです。
あとは届くのを待つだけです。
当日は何を着ていきましょうか。
普段は着物をよく着ますが、さすがにクリスマスパーティに振袖は変でしょう。
ちょうど先日、新しく買った紺のワンピースがありました。それに白いコートを羽織って行くことにしましょうか。
これほど心が弾むのは久しぶりです。
まだパーティまでには日があるというのに、私はひどくわくわくした気持ちで――まるでサンタクロースを待つ子供のような気持ちで――布団に入ったのでした。