「綺麗な目……」
ぽつりと零れた呟きが耳に届き、甲板で何をするでもなくぼんやりしていたアイビーは、ちらりと目を上げて声のした方を向いた。
部屋を出るときに確かめた時間は午前三時。航行中は昼夜の区別がないとはいえ、時間的には真夜中である。人が出てくることはないだろうと思っていたが、それは思い違いだったらしい。
蓮の髪飾りの付いた黒い髪に、透き通った銀の瞳の女性が、甲板に出てきていた。顔立ちからしてアジア圏の出身だろうか。細かい国まで察せるほど、アイビーはアジアに詳しいわけではない。
女性も船員の一人だろう。何となく見覚えはあるが、基本的に部屋にこもっている上に、アイビーは人の顔と名前を覚えるのが苦手なため、どうにも名前が出てこない。
女性はじっとアイビーを見つめている。それがどうにも居心地が悪く、アイビーは女性から目を背けた。
「あ、す、すみません! オッドアイなんて、見るの初めてだったので……」
「で、気味が悪いと思った?」
零れ落ちたアイビーの声は尖っていた。
いつもそうだ。アイビーの緑の左目と、青い右目に興味を示した者は、口を揃えて言うのだ。
『気持ち悪い』
『色が違うなんて、変なの』
『コイツ、本当にオレの子供か?』
その言葉が、どれほどの鋭さでアイビーの心を抉っているか、思いやることもなく。
だから、彼女もきっと、似たようなことを言うのだろう。
「いえ、と、とても綺麗だと思います!」
予想だにしなかった言葉に、アイビーは目を瞬いた。
昔から、この目が嫌いで仕方がなかった。色が違うなんておかしい、気味が悪いと言われ続けた。そんな言葉に耐えかねて、いっそ抉ってしまおうかと思ったこともある。
けれど目の前の女性は、その目を綺麗だと言った。
「……本当に?」
「はい!」
何度も頷く女性。その様子に、思わずアイビーの口元もほころぶ。
「ありがとう。ええと……」
「スー・イェンラン(蘇 嫣然)です。よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
終わりの見えない星空の下で、どちらからともなく笑みを見せる。人と関わるのが苦手なアイビーだったが、彼女との距離は少し縮まったように思われた。