酒場の夜

 日が暮れて、夜の闇が荒廃都市を覆っていく。

 日が落ちれば、大抵の店が翌日に備えて店仕舞いをする。しかし何事にも例外というのはあるもので、夜になってから開き始める店もある。

 その一つが酒場である。

 いかに荒廃した都市といえども、人の住むところ、酒とは切っても切り離せないらしい。三区にあるミンストレルの酒場も、一日の癒しを酒に求めに来た人々で賑わっている。

 その一角に、ユリンとスズナは並んで腰かけ、酒を片手に、お喋りに花を咲かせていた。流しついでに、三区に足を伸ばしてみたユリンが、ちょうど出会ったスズナを誘ったのである。

 スズナは、唯一コンコルディアに来る前からユリンの顔見知りだった相手だ。楼の、閉じ込められた生活の中で、スズナの存在は、ユリンにとって窓のようなものだった。

 片や人気の妓女、片や楼の下働き。故に顔を合わせることも日に一度あるかないか、くらいの関係ではあったが、機会があれば親しく話していた。

 ある日、スズナは楼から姿を消し、その後の消息はようとして知れなかった。楼の人間も四方に手を尽くして調べていたらしいが、やがてそれも打ち切られた。

 閉じ込められている妓女の身では、行方を調べることもならず、ユリンはスズナの無事を祈るほかなかった。

 先頃コンコルディアにやってきて、スズナに再会したときには驚いたものである。

「へえ、手作りのケーキ渡したんだ。すごいじゃん、スズナー」

 ぐい、と二杯目のグラスを傾け、ユリンがくつくつと笑う。スズナは照れたように首を振る。

 その前の、酒が入ったグラスはすっかり汗をかいているが、ユリンとは対照的に、中身はほとんど減っていない。

「そんなことはないでござるよ。私は教わった通りにやっただけでござる」

「んや、教わったことをちゃんとできるのは充分すごいって。あ、すみませーん。もう一杯お願いします!」

 二杯目を飲み干し、すかさず三杯目を頼むユリン。その様子を、横でスズナが呆れた目で見やる。

「ユリン殿、そんなに飲んでは身体に悪いでござるよ?」

「んー? それもそっか」

 楼にいた頃からの癖で、唇に残る酒をちろりと舐めつつ、ユリンは友人の言葉に肩をすくめた。

「それで、渡した後はどうしたのー? 何かあった?」

「え? いや、何もなかったでござるよ」

「あーらら、残念」

 喉の奥で笑いながら、ユリンがグラスに残った酒を飲み干す。

「さてっと、そろそろお暇しますか」

 酒が入ったために、普段よりやや上気した顔で笑いつつ、ユリンは席を立つ。それに合わせるように、スズナも立ち上がった。

 外に出ると、夜気が火照った頬を程よく冷ます。

「いやー、ありがとうね、スズナ。付き合ってくれて」

「私も久し振りにユリン殿と話せて楽しかったでござる」

「それじゃ、気を付けて」

「ユリン殿も」

 遠ざかる影を見送りながら、ユリンは軽く手を振る。やがてスズナの姿が見えなくなってから、ユリンも踵を返して、来た道を戻って行った。