#1 高見理沙
「次は終点、――駅前、――駅前。お降りの方はお忘れ物、落とし物にご注意ください」
バスの一番奥の座席でうとうとと舟を漕いでいた高見理沙は、そのアナウンスを聞いてはっと顔をあげた。手に持っていたスマートフォンを鞄の外ポケットに放りこみ、ICカードが入った定期入れを引っぱりだす。
駅前のバス停にバスが停まるや、理沙は大急ぎでバスを降りていった。しまえていなかったスマートフォンが、座席に落ちていることに気付かないまま。
理沙が早足で向かっていたのは、駅前にあるショッピングモールだった。
入口のそばで人が行き来している様子をぼんやり眺めていた理沙の高校時代の友人、春崎和が理沙を見つけて軽く手をふる。
和は黒髪のセミロングだった高校のときとは違い、髪を茶色く染めてショートカットにしている。一瞬理沙も戸惑ったほどだ。
「遅くなってごめん! 時間見間違ってて……」
「いいよいいよ。理沙ちゃんがうっかりするの珍しいよね」
「なんか寝ぼけてたみたいで、変な勘違いしちゃっててさ、ほんとごめん」
「気にしないで、ほら、お店見に行こ」
二人でモール内の店舗を見て歩く。ドラッグストアで化粧品を見たり、服屋で服を見たりしながら二人はおしゃべりに花を咲かせる。
理沙は高校を卒業後は地元の企業に就職、和は四年制大学に進学し、今日は高校を卒業後久しぶりに顔を合わせたのである。
「仕事はどう?」
「この間研修終わったけど、もう毎日失敗ばっかりで嫌んなるし心折れそう。和ちゃんはどう? 大学楽しい?」
「楽しいは楽しいけど、課題ばっかりで大変。今度発表もしなくちゃいけないし、教授厳しいんだよね」
眉尻を下げる和に、大変そうだね、と理沙が相槌を打つ。
「しかも教授によって発表用のレジュメの様式違うんだよ。同じ学科なんだから、そのあたり統一してくれてもいいのにさあ」
「うわ……面倒だね、それ」
「でしょ? 前の発表のときはうっかり別の教授の様式でレジュメ作っちゃって、すごく指摘されてさ、へこんだよ」
「お疲れ」
自分の仕事で想像し、理沙の語調は思わず心底和をねぎらうものになる。
ありがと、と和がくりくりした目を細めて微笑む。
「あそこでちょっとお茶していかない?」
和が近くのレストランを指差す。いいね、と理沙もうなずいた。
デザートを注文し、しばらくしてそれぞれが頼んだものが運ばれてきたあと、
「あ、写真撮ろ」
前に置かれたチョコレートケーキを見て、和がスマートフォンを取りだす。それを見た理沙も頼んだチーズケーキを撮影しようと鞄の外ポケットを手で探り、
「あれ?」
「どうしたの?」
「スマホ、ない……」
「え!? 他のポケットは?」
鞄をひっくり返さんばかりに探した理沙だが、スマートフォンは見つからない。
「ど、どこで落としたんだろ」
「うーん……モールの入口にいるって送ったメッセージには既読付いてるから、そのときにはスマホあったんだよね」
「うん、それはバスの中で見た」
「電話かけてみる?」
和のスマートフォンを借り、自分の番号に発信する。
「……出ない」
普段から、理沙はスマートフォンにパターンロックをかけている。そのため中を見られる心配は少ないが、それでも不安ではある。
その後、モール内の管理室に問い合わせたり、バス停まで二人で戻ったり、駅前の交番にも訊ねてみたが、スマートフォンは見当たらない。
「最悪、どこで落としたんだろ」
バス停のベンチに腰かけ、理沙が嘆息する。
うーん、と考えこんでいた和が口を開く。
「あのさ、理沙ちゃん。大学の先輩から聞いた話なんだけど、このあたりに願いが叶うお店があるんだって」
「……願いが叶うお店?」
「うん、どんな願いでも叶えてくれるんだって。そこに行ったら、もしかしたら見つかるかも」
ええー、と理沙が眉をひそめる。
「そんな漫画はあるけどさあ……それ、大丈夫なところ?」
「う、うん、たぶん……。行ってきたって行ってた先輩、ほんとに願いが叶ったって行ってたし。なんか今度のコンサートチケットの抽選に当たりたいって頼んだら、ほんとに当たったんだって」
「……話だけ聞いたらすごく怪しいけど……」
とはいえ、今の理沙にとっては藁にもすがる思いであることは間違いない。
「和ちゃん、そこの場所知ってる?」
「詳しくは聞いてないけど、だいたいの場所は。桜通りの美容院の角を曲がった路地にある、って聞いた。行ってみる?」
うん、とうなずき、理沙はベンチから立ち上がった。