招かれざる客

 小柄なガスと、中背のラオパルドが両側からアイラに飛びかかる。アイラは後ろに下がりざま、座っていた椅子を引き倒した。椅子を挟んで距離を取り、盗賊と対峙する。

 外に誘い出して片を付ける方が楽だろう。しかしアイラは外に出る訳にはいかなかった。もし一人でも屋内に残れば、二階にいるリウとミウに危険が及ぶ。仮に二人が人質に取られでもすれば、いくらアイラでも彼らを倒すのは難しくなる。

 その上彼女は、できるだけ早く三人を片付けなければならなかった。まだ身体は本調子ではなく、従って状況は長引けば長引くほど、彼女にとっては不利になる。

 のっそりとブージャンが立ち上がる。彼の顔は憤怒に彩られている。

「俺が殺る。お前ら、邪魔をするなよ」

 言われて二人が一歩下がる。

 ブージャンがぎらりと光る短剣を抜く。鋭い音を立て、意外なほどの鋭さで振るわれる短剣を、アイラはほとんどその場から動かずに避け続ける。

 ブージャンの額に青筋が浮く。

 真っ直ぐに刃が突き出される。アイラは半身になってそれを避け、攻撃で隙ができた男のわき腹に拳を突き入れた。

 勢いよく横に振られた短剣が、アイラの服ごと、胸元を浅く裂く。ちくりとした痛み。

 ぱっと飛び退ったアイラは、左の袖をまくり上げ、黒い入れ墨を露わにした。細い灰色の双眸で、きっとブージャンを見据え、左手を彼に向けて狙いを定める。

「玉破!」

 入れ墨が淡い光を発すると共に、アイラの掌から白い光球が――神の矢が放たれた。

 白球は真っ直ぐにブージャンに向かって飛び、彼を吹き飛ばして戸口に叩き付ける。それを見て、怒れる猿の如き声を上げ、ガスが飛びかかる。アイラは冷静に、自分でもどこから出たのか分からないほどの力で、引き倒した椅子を掴むと、それをガスに投げつけた。

 鼻を砕かれ、鼻血をぼたぼたと流しながらガスがよろめき、倒れる。容赦なく彼の鳩尾に数回蹴りを入れるアイラ。

 その後ろから、ラオパルドがナイフを手に踊りかかる。ぎりぎりのところでそれをかわし、アイラは男に向き直る。

「このガキが!」

 アイラは眉間に皺を寄せ、苛立ちも露わにラオパルドをぎろりと睨んだ。

 アイラの額には汗が浮き、息も切れ始めている。もうあまり長く戦っていられない。

(ち、身体が随分なまってる)

 それを好機と見たのか、ラオパルドがナイフを右、左と振るう。舞うように、ひらりひらりと避けたアイラは、床を蹴って懐に飛び込み、拳を彼の喉に打ち込んだ。骨の折れる感覚が手に伝わる。ラオパルドの見開かれた目が、ふっと生気を失う。命の消えた身体がどさりと床に倒れる。絶命したラオパルドから離れ、アイラは他の二人を調べた。

 顔の下半分を血塗れにしたガスは、白目を剥いて口から泡を吹いている。玉破で吹き飛ばされ、戸口に頭をぶつけてのびているブージャンも似たようなものだ。

 アイラは自分の部屋に戻り、荷物からロープを出して、息がある二人をしっかりと縛った。

 テーブルに掴まって息を整えていたアイラの耳に、階段を密かに降りる音が届く。

「アイラ?」

 双子の姉妹のどちらかの声。まだ荒く息をしながら、アイラは声の方に顔を向け、そこにリウが立っているのを認めた。

 リウは青い顔をして、片手にランタンを、片手に砂を詰めた空き瓶を持っていた。床の上に倒れている男を見て小さく息を呑む。

「アイラ、その、大丈夫?」

「……うん。ごめん」

 リウがきょとんとアイラを見る。

「何が?」

「……部屋、荒れた」

「いや、別に気にしなくていいから。仕方ないし」

「姉さん?」

 そろりと、ミウも顔を覗かせる。倒れているラオパルドを見て、小さく悲鳴を上げたものの、彼女も二人のところまでやって来た。

「どうしよう……? 村に行けば巡査さんはいるけど、家を空けるわけにはいかないし……」

「朝までどこかに閉じ込めておけばいい」

 さらりとリウに答えるアイラ。二人の顔が青ざめる。

「でも、どこに?」

「外の小屋にでも」

「家畜小屋に? 一晩中じゃ凍えるわ」

「構うものか。どうせサツグ共だ」

 サツグ、と口にしたときのアイラの口調には、ものを吐き捨てるような厳しい響きがあった。思わず双子の背筋にも冷たいものが走るほど、その嫌悪と侮蔑の響きは凄まじかった。

 サツグ、とはハン族の間で使われる言葉で、共通語に直訳すると、犬畜生、という意味になる。しかし実際には、人にも劣るケダモノ、というのが最も近いだろう。ハン族の間でも、余程のことがない限り使われないような、最大級の侮蔑の言葉である。

 結局、盗賊は家畜小屋ではなく、普段物置として使われている一室に閉じ込められることになった。アイラによって、血が止まりかねないほどにがっちりと縛られ、死体を挟むように繋がれた上で。

 明け方、空が白み始めるころ、不意にドアがノックされる。眠れずにいたリウとミウはぎょっとして顔を見合わせ、物置のドアの前で番をしていたアイラもドアに目をやった。

「誰です? 何の用ですか?」

 リウの声は少し震えていた。ドア越しに、巡邏の者です、と答えが返される。その言葉に、部屋の緊張がほっと緩んだ。

 やって来たのは、オルラントに常駐している兵士の一団だった。中の一人が、盗賊がこの方面に逃げたらしいという情報が入ったので、捕らえにきたのだと説明する。

 それらしい男達を今閉じ込めている、とリウが事情を語ると、兵士達が驚きを持ってアイラに視線を向ける。アイラは素知らぬ顔でその視線を受け流す。

 そして物置の中の、縛られた二人と死体を見ると、兵士達は一様に呆れを顔に浮かべた。

「これは……。少しやりすぎでは」

「縄抜けされて逃げられたり、報復されたりしたら困る」

「……そうですね。また後で、詳しいことを聞きに伺うと思います。失礼しました」

 盗賊を連れて兵士達が引き上げる。リウはほっと息を吐き、ミウも胸を撫で下ろした。

「ああ、良かった。これで安心できるわね。ところでアイラ、あなたほんとに大丈夫? 怪我とかしてない?」

「怪我は、大したことない。……でも、眠い」

「寝てらっしゃいよ。何かあったら起こしてあげるわ」

 リウの言葉にこくりとアイラはうなずき、気が緩んだのか、やや不確かな足取りで部屋へと戻って行った。

 兵士が再びやってきたのは、その日の昼のことだった。三人、特にアイラに夜あったことを尋ね、また生き残った盗賊についていくらかのことを伝えた。ガスとブージャンは今牢獄にいるが、既に調べはほとんどついているので、一両日のうちに裁判にかけられる。おそらくは死刑、万が一そうはならなかったとしても、無期徒刑となるだろう。

 アイラ自身は、ラオパルドを殺したことで、何か処罰があるかと思っていたが、彼女には何もなかった。少しやりすぎだと苦言を呈されはしたが。

 一通り用を済ませ、兵士達が立ち去る。去り際、一人がこんなことを言った。

「そうそう、このところ狼も出るようですから、十分に気を付けてくださいね。先日も巡礼地で何人か襲われたようですから」

 

→ 村の市