焼けた小鳥

 その夜、三人は遅くまで木彫りの鳥を探していた。部屋の隅々や、普段は入らない物置まで見て回ったが、どこにも木の欠片一つ落ちていない。

 彫ったものにさほどの執着もないアイラは、また彫るよ、と言ったが、双子は承知する様子を見せなかった。

 探すなら、明るくなってから探そう、とアイラは続けて言った。もう遅いし、ランプの明かりは、ものを探すには頼りない、と。

 そちらの提案には、そうね、と二人とも頷いた。

 一階の寝室で、アイラはベッドに潜り、目を閉じる。眠れるだろうか、と思ったのもつかの間、五分と経たないうちに、アイラは寝息を立てていた。

 翌朝、いつもと同じ時間に目を覚ます。寝ていた時間は普段より短いのだが、それが気にならないほどすんなりと目が覚めた。

 ぐ、と大きく伸びをして、服を着替える。

 居間に行くと、リウとミウも既に起きていた。姉妹はどこか浮かない様子で、朝食の支度をしている。

「ねえ、やっぱり盗られたんじゃ……」

「滅多なこと、言うもんじゃないわよ、ミウ」

 姉に軽く睨まれ、ミウは肩を竦めた。それでも、彼女はルイン婦人に対して、ある種の疑念を抱いているらしかった。

 その日の昼、買い物に出た二人と共に、アイラは村へと出かけた。途中、借りていたショールを返すのを口実にして、アイラは一人、牧師館へと足を向けた。

 サリー夫人にショールを返し、丁寧に礼を述べる。中で休んでいかないかと言われたが、それはやはり丁寧に断って、アイラは再び村の喧騒の中に入って行った。

 どこへ行くという当てもなく、足に任せて歩き回る。村人の中にはアイラの姿を認め、親しげに声をかけてくる者もいた。

 そういう折には、アイラは――決して愛想良くはなかったが――二言三言、挨拶を返していた。

 去年のグリーズの件が原因か、村人のアイラへの印象は今でも良いようだ。

 歩き回るうちに、アイラは村の広場に着いていた。近くのベンチに腰掛け、ぼんやりとしていると、目の前を何人かの子供が走り過ぎて行った。

 子供らは互いに雪玉を投げあって遊んでいた。ランズ・ハンでは雪が少なく、降ってもあまり積もらないため、雪合戦をする子供らを、アイラは物珍しげに眺めていた。

 そうしていると、誰が投げたのか、雪玉が一つ、アイラの方へ飛んできた。

 顔に当たる直前で、反射的に叩き落とすと、見ていた子供らが歓声を上げる。もう一度やってとせがまれて、アイラはベンチから立ち上がった。

 投げてごらんと促すと、たちまち四方八方から雪玉が飛んできて、アイラは慌てて避ける羽目になった。

 ときにはアイラも雪玉を投げ返したが、それが子供に当たることはなかった。それを子供らはおかしがって笑い、更に雪玉をアイラに投げてきた。

 子供に混じって走り回るうちに、口元のスカーフはかなり下にずれてきていたが、アイラはそれを直そうともしなかった。

 そしてついに、雪玉の一つがアイラの顔を捉えた。ちょっとよろめいたところへ更に二三の雪玉を喰らい、アイラは雪の上に尻餅をついた。

「降参だ、降参」

 笑みを含んでそう言い、立ち上がったアイラが、軽く服を払ってベンチに戻ろうとしたとき、広場に別の子供が姿を見せた。

「僕も混ぜてよ」

 声の方に顔を向けると、そこにはノルが立っていた。子供達は顔を見合わせ、どうする? と相談している。

 その様子は、ノルを歓迎しているというより、何か悩んでいるらしかった。

 その間、ぽつんと立っていたノルは、ふとアイラを認めた。その顔に、気まずいような表情が浮かぶ。

「ノル! 帰りますよ! 早くいらっしゃい!」

 響いたルイン婦人の声に、ノルは答えを返して広場を去る。子供達は、明らかにほっとしたらしかった。

「あの子とは、遊ばないのか?」

 近くの子供――ウィルと呼ばれていた――に、そう聞いてみる。

「んー、何かケガとかさしたら、あのおばさんがうるさいんだ。前に僕、手をあいつにぶつけたことがあるんだ。わざとじゃないよ。そしたらあのおばさんがカンカンになってすっ飛んできて、ものっすごく怒られたんだ。他の子もそんな感じでね、だからあいつと遊ぶの、僕らあんまり好きじゃないんだ。だってうっかり雪玉でもぶつけたら、ねえ、何言われるか分かったもんじゃないし」

「大変だな」

 ウィルはそうなんだよ、と頷いた。その顔は、アイラにはどこか大人びて見えた。

「それよかさ、ねえ、さっきのどうやったらできるの?」

「ん? そりゃ練習したんだよ。たくさんね」

 口元を引き攣らせてどうにか笑みらしいものを作り、アイラはベンチから立ち上がった。向こうから、リウとミウが歩いてくるのが見えたからだ。

 子供達が手を振るのに、じゃあねとアイラも手を振って応える。

「何か楽しいことでもあった?」

「ん? さあ、どうだろう」

 リウに聞かれ、楽しかったのだろうか、と思い返して考える。まあ、悪い気はしなかったのは事実だ。

 三人が家に帰ってきてから間もなく、ドアを遠慮がちにノックする音がした。ちょうどドアの傍にいたアイラがドアを開け、客を見てその細い目を少し大きくした。

 玄関には、ノルとルイン婦人が立っていた。

「何か?」

「あの……これ」

 ノルがおずおずと何かを差し出す。受け取って、それが何か気付いたアイラの灰色の目が鋭くなった。

 それは、黒く焼け焦げた木切れだった。わずかに焼け残った部分から、どうやら羽らしいものが見分けられる。それは紛れもなく、アイラが彫って姉妹にあげた、あの鳥だった。

「ノルが昨日これを持ってきて、うちの暖炉に落としてしまって、こんなことになりましたんですの」

 ノルが何か言いかけたのを遮って、ルイン婦人が口を開く。

「勝手に持ってきたのは無論よくないことですし、それをこんなにしてしまいましたのは申し訳ないのですけども、何分子供のしたことでございますし、こんなものをあんな目立つ場所に飾っていたそちら様にも非はあるということで、水に流してくださいません?」

「帰ってくれ」

 誰よりも早く、アイラがきっとルイン婦人を睨むようにしてそう言い放った。

「自分が謝るつもりも、子供に謝らせるつもりもないんなら、今すぐ帰ってくれ。私達は忙しいんだ。あんたのくだらないお喋りに、割く時間はないんだ」

 婦人の顔に朱が差す。

「まあ、こんなもの、そこらで一トン(銅貨一枚)程度でも買えるじゃあありませんか。たかだか十の子供がやったことに、そこまで目くじらを立てるなんて」

「十なら猶更、自分がしたことの良い悪いが分かる年でしょう。それに、これは大切なものです。買えるものじゃありません」

 リウが、静かに婦人の言葉に反論する。アイラは口を閉ざし、一歩下がって立っていた。

「自分の子供がしたことを咎めることも、謝罪もさせないおつもりなら、私達も、あなた方との今後のお付き合いは、考えさせていただきます。どうぞ、お引き取りください」

 これ以上話を聞く気はない、と言うように、リウはパタンとドアを閉ざす。その両手は白くなるほどきつくノブを握っていて、本当は勢いよく閉めたいのを堪えているのがよく分かった。

 ドア越しに、ルイン婦人のヒステリックな甲高い怒りの声が聞こえてくる。冷血だとか、きっと後悔するだとか、散々叫んでいる。

「何とでもおっしゃいよ。本当に後悔するのはどっちなの。盗人猛々しいって、このことだわ」

 ミウが近くの窓を開け、外に向かって怒鳴る。外からはしばらく、怒りの声が聞こえていた。

 一つ溜息を吐いたアイラは部屋に戻り、ナイフを一本取ってきた。居間の暖炉の灯りで手元を照らしながら、黒焦げの木切れを眺め、表面を軽く削る。

「何とかなりそう?」

「いや……駄目だ。中まで完全に焼けてる。せめて表面だけ焼けたのなら、と思ったんだが」

 ミウに向けて首を振る。そう、と言ったきり、ミウは俯いてしまった。

 アイラはそれからもしばらく、どうにかならないかと焼けた木切れを手の中でくるくると回していたが、無残にも大部分が焼けてしまった木の鳥は、流石の彼女でも、どうしようもなかった。

 台所から、何かが割れる音と共に、小さな悲鳴が上がる。何かあったのかと見に行くと、リウの足元に、割れたマグカップとこぼれた牛乳が広がっていた。

「ちょっと落ち着こうと思ったんだけど。ごめん、そこの雑巾取ってくれない?」

 床にこぼれた牛乳を拭き取るリウの顔は、いつになく険しい。ミウほど感情を露わにすることがないリウではあるが、今度のことは余程腹に据えかねているらしい。

 アイラは陶器の破片を集め、ごみ入れに放り込む。

「全く……あ、もう!」

 後ろから、高い音と共に、リウの苛立った声が聞こえてきた。どうしたのかと振り返ると、今度は調理台の上に茶葉が散らばっている。手を滑らせでもしたのだろうか。

「私が淹れようか」

 紅茶を入れるくらいならアイラもできる。そう申し出ると、リウはお願い、と頷いた。

 アイラも無論、腹を立てていた。しかし習慣からか、彼女の怒りは面には現れず、牛乳を煮立ててミルクティーを淹れる動作にも、内心の荒れ模様は影響していない。

「お待たせ」

 三つのカップにミルクティーを注ぎ、トレイに乗せて居間へ持っていく。

 どうやらミウよりもリウの方が憤慨しているらしく、居間ではかっかしている姉をなだめようとしている妹という光景が繰り広げられていた。

「あんな失礼な人っているもんじゃないわ、ほんと。私あの人だけは、絶対にもう家には来させないから」

 そうね、とミウは頷いて、アイラからカップを受け取り、リウに渡す。

 こういう場合には、ミウの方が怒りそうだが、などとアイラが思っていると、その考えを察したのか、ミウが小声でアイラに囁いた。

「私達、どっちかが怒るとどっちかは落ち着いちゃうのよ。私だって、怒ってないわけじゃないんだけどね」

 ふうん、と小さく納得の呟きを漏らす。

 アイラの怒りもどちらかと言えばルイン婦人に向いていた。ノルに対しての怒りもない訳ではない。だが、自分の子供が仕出かしたことに、すまながる気振りもなく、言い訳を並べ立てる婦人の態度の方が、アイラの気に障っていた。

 もともとアイラのルイン婦人への印象は悪かったのだが、この件はアイラの婦人への嫌悪を決定的なものにした。

 そして――アイラは知る由もなかったが――もともとアイラを白眼視していたルイン婦人も、このことでアイラに強い悪感情を抱くに至ったのだった。

 

→ 腕と物と