10113

 その日の朝は、夜が明ける前に目が覚めた。
 枕元の目覚まし時計は、いつも起きる時間より一時間以上早い時刻を示している。
 ベッドにもぐりこんでも、眠気は戻ってこない。
 結局寝るのを諦めて起きだして、台所へ行く。
 冷凍庫から凍らせた食パンを出してオーブントースターで焼きつつ、水切りかごからコップを二つ取って、冷蔵庫から出した紙パックのオレンジジュースを注ぐ。
 廊下に続くドアが開いた。
「あ、縫おはよー」
「おー……」
 縫がオーブントースターを見る。
「わー、焼きすぎた!」
 慌ててオーブントースターからトーストを救出。……若干手遅れだった気がしないでもない。でも黒焦げにはなってないから……セーフ、セーフ。
 縫はその間に私が好きな苺ジャムを冷蔵庫から出していた。
「……はぁいはやいいんりん
「え? 早いって、だって今日、九時から合格発表なんだよ? なんかどきどきしちゃって起きちゃうよ。あー……ねえ、縫、高校落ちてたらどうしよう?」
 かじっていたトーストをお皿に置いて、縫が指で丸を作る。
「大丈夫って? でもさー、私中学出たの一昨年なんだよ? 勉強はしてたけど、入試問題難しかったんだよー……英語とか数学とか自己採点ぼろぼろだったしー……」
 思い返しても不安になる。国語はまだ自信があるし、理科と社会も……まあ、なんとかなってると思う。でも後の二つは絶対だめだった。まともに点数取れてると思えない。
 結局トーストには手をつけられないまま、コップだけが空になった。

 九時すぎに縫と家を出る。
 学校に近付くにつれて、歩いてくる同年代の子たちとすれ違う。
 みんな笑顔だ。合格したんだろうなあ、いいなあ。
 人の流れに沿って、校舎の前へ。
 番号が書かれた白い模造紙が貼り出されている。
 私の受験番号は『10113』。
 受験票を握りしめ、模造紙に書かれた番号を目で辿る。
 10110、10111、10112、10113。
「あった!」
 思わず大きな声が出た。
「縫、あった! 番号!」
 模造紙を指さして、受験票を見せる。
 縫が受験票と模造紙を見比べて、にっこりと笑った。
 その後、試験の結果を聞きに行くと、意外なことに、思っていたよりいい点数を取れていた。

 帰り道で、縫に軽く腕を引かれた。
「どしたの、縫?」
「あー……か、う……ケー、キ」
 縫が指さした先には、ケーキ屋さんがある。
「やった!」
 店内に入ってケーキを選ぶ。
 大好きな苺のショートケーキ、と思ったけど、他のケーキも美味しそう。
 チョコレートケーキ、フルーツタルト、モンブラン、チーズケーキ……。
「わー……どうしよ、決めらんない」
 スマホを触っていた縫が画面をこっちに向ける。
『全部 好きな、物』
「いいの!?」
 縫がうなずくのを見て、ショーケースに向き直る。
 しばらく悩んで選んだのは、苺のショートケーキとモンブランを二つ、それから縫の好きなチーズケーキ。
 ケーキの入った箱をそーっと抱えて、アパートに戻る。ケーキは三時のおやつだ。楽しみすぎる。
 ポケットに入れていたスマホが震える。
 引っ張り出して画面を見ると、メッセージが届いている。縫からだ。
 そういえば帰ってきてからも、縫はスマホを触っていたっけ。

『おめでとう』
『合格』

 ふりかえると、ソファに座った縫がにこにこしている。
 傷跡のせいで怖い顔に見られがちだけど、ちゃんと顔を見れば、縫の表情は結構わかりやすい。
「ありがとう!」
 そう言ったとき、縫のスマホから通知音が鳴った。
 画面を見た縫が首をかしげる。
「何かあった?」
 縫が見せてきた画面には、

『至急。頼みたいことがあるので、これを見たらすぐに来て欲しい』

 送り主は、縫が小さいときからよく知っている神社の神主さん。私も知ってる人だ。
「一緒に行こうか?」
 縫がうなずいたのを見て、テーブルの上に置いていたバッグを取りあげた。