ALTER EGO #2
「そういや伝言板見た? あいつしばらく休むんだってよ」
「見た見た、ダッサいよねー。しかも弟が書きこんでるとか」
「ほんとさ、サイテーだよね。家族に代理書きこみ頼むとかさー」
「有栖川さん傷つけてるくせに、自分が辛いんですアピールなんじゃね?」
「案外弟のふりして本人が書きこんでるんじゃないの? 叩かれたくないからってさ」
「ありえるー。ってか退学でもいいんじゃないの?」
「だよなあ、人殺しなんだし、あいつが消えてればよかったのに」
今年解決部に入ったばかりの生徒たちが、嘲弄をこめた軽い口調の言葉を交わしている。
仲間うちでの嘲笑ではあったが、その内容は徐々に激しさを増し、新入生たちはすっかりその話題にのめりこんでいた。
待合室の扉の前に、つかの間佇んで漏れ聞こえる話し声を聞いていた人影がいることにも、そっと扉が開いたことにも、誰ひとり気付かないほど。
「お疲れ様です」
鈴を転がすような声が、嘲りに満ちた空気を制する。
「お、お疲れ様です!」
「病院坂先輩、お疲れ様です!」
新入生たちの注意が、一瞬で待合室の入口に向く。
名前のとおりの白皙の肌と霜雪の髪の少女――病院坂小雪が、小さく足音を立てて部屋の中に入ってきた。
「生徒会長は……いらっしゃらないようですね。いえ、それほど大した用ではありませんから、お気になさらず。……ところで皆さん、何だかずいぶん楽しそうにお話ししていらっしゃいましたけれど、何のお話でしたの?」
小雪の薄青い目が一瞬きらりと光る。
それに気圧されたように、生徒たちは口ごもった。
「その……えっと……迷宮について、です」
一人がようやく口を開く。
「そう。迷宮と、それを解決された新原さんについて、ね?」
「それは……」
近くの椅子に腰かけ、まっすぐに背筋を伸ばした小雪が、ことさらゆっくりと頭をめぐらせる。
「皆さんの中で、新原さんが初等部か、中等部か、それとも高等部か、ご存知の方はいらっしゃいますか?」
静まりかえった待合室の中に、小雪の静かな声だけが響く。
高等部、と誰かが言う。
「そうですね。では高等部の何年何組か、ご存知の方は?」
二年、とだけ声が上がる。その先は誰も続けられず、気まずい沈黙が続いた。
「二年A組ですよ。……誰一人、何も知らずに新原さんを中傷していらしたんですか?」
「中傷って……」
「実際、あ……新原先輩は迷宮で有栖川先輩を傷つけているじゃないですか」
ちらほらと、反論らしいものが上がる。
小雪は姿勢を崩さないまま、声を上げた生徒の顔を順に見た。
薄青い瞳には、氷のように冷たい光が宿っている。
膝の上で握り合わされた両の手は、よく見れば関節部分や指先が白くなるほど力がこもっている。
「ええ、『迷宮』で。一ノ瀬会長から聞いていませんか? 迷宮内での出来事は現実ではないと。それに、そもそも、新原さんがあの行動に至った理由の一端でも、皆さんはご存知なのですか?」
静かに言葉を紡ぎ、眼前の生徒に問う小雪の言葉は、抜身の白刃を連想させるほど鋭く、そして冷たい。
順々に一人ずつと目を合わせる。
氷の視線に射すくめられ、誰もが目を伏せるか目をそらす。
その様子を見届けて、ふう、と小雪は小さく息を吐いた。
「ご存知の方はいないと思ってよろしいのですね。なら皆さんは、何一つ正しいことを知らず、何が真実かも知らず、自分たちの思いこみだけで同じ部員を誹謗中傷していたのだと、そう思ってよろしいのですね」
「いや、別にそこまでは――」
言いかけた生徒を軽く睨み、小雪は胸ポケットのペンに触れた。
――そういや伝言板見た? あいつしばらく休むんだってよ。
――見た見た、ダッサいよねー。しかも弟が書きこんでるとか。
――ほんとさ、サイテーだよね。家族に代理書きこみ頼むとかさー。
――有栖川さん傷つけてるくせに、自分が辛いんですアピールなんじゃね?
――案外弟のふりして本人が書きこんでるんじゃないの? 叩かれたくないからってさ。
――ありえるー。ってか退学でもいいんじゃないの?
――だよなあ、人殺しなんだし、あいつが消えてればよかったのに。
つい数分前まで自分たちが話していた内容が繰り返され、小雪以外の全員が青ざめて凍りついた。
「これが誹謗中傷でなくてなんですか? それに、そもそも有栖川さんも私も、新原さんから謝罪をいただいていますし、それを受け容れています。思いこみと興味本位だけが動機の、あなたがたのような方々に、これ以上この事を荒立てられるのは、私たちも迷惑です。――言いたいことは、わかりますよね?」
おどおどと、何人かがうなずく。
「それでは、生徒会室に用がありますので、私はこれで失礼いたします」
立ち上がり、ドアを開けた小雪がふりかえる。
「今度同じことがあったら、そのときはこれでは済まないと思っておくといい」
そのときの顔つきと口調は、小雪のそれでも、由香利のそれでもなかった。
呆然とする新入生をよそに、ドアが閉まった。