好意の資格

 盛り上がったプレゼント交換の興奮がやや静まりかけたころ、パーティ会場の一角では新たなざわめきが広がっていた。
 どう見ても酔っている織田寧々を、やはりどう見ても酔っている塞翁小虎が褒めちぎり、小虎の異変に気付いて近寄った卜部麻乃も、小虎に「かわいい」と言われて固まっている。
(まったく、女の子を褒めちぎっている場合ではないだろうに)
 呆れ混じりの溜め息を吐いた一阿刀にのまえあとうは、まだ手に持っていたグラスに残るワインを喉に流しこんだ。
「おおい、シャイニング君!」
 すたすたと近付いて声をかける。卜部の反応に首をかしげていた小虎がこちらにふりかえった。
「マヨネネ君を僕に任せて行くところがあったんじゃないのか!」
 ぼうっとこちらを見る小虎が、ふにゃりと笑った。
「にのまえくんもかわいいねー」
「……は?」
 思わず、間の抜けた声が出る。
 客観的に、その感想は間違っていないとは思う。クリスマスパーティだからと、普段よりも阿刀が着飾っているのは確かだ。しているのは女装で着ているのはミニスカサンタ服だが、そこは普段からの積み重ねが物を言っているのか、参加している男子に声をかけられる程度には女装が板についている。
 とはいえ知り合いからの阿刀の評価は、「女装の変人」がせいぜいである。
 しかし今の小虎は酔っているわけで、酒の席での発言には本音が出るという。
 他人からの評価など、どこ吹く風と聞き流すのが普段の阿刀だが、さすがにこの思いがけない相手からの襲撃には、さっと顔を紅潮させた。
 気を取り直す前に、小虎が阿刀の頭を撫でる。にこにこと、蕩けたような顔で。
「おれ、にのまえくんのこと、すきー」
 いきなり投げつけられた爆弾に、周囲から悲鳴とも歓声ともつかない声があがる。
「塞翁君、それは」
 冗談だと思っていいんだよな、と阿刀が言い終える前に、ふらりと小虎が阿刀にもたれるように倒れかかる。
 黄色い声がいっそう大きく響く。
「……やれやれ、仕方がないな。よっ……と」
 一瞬できりりと表情を引き締めた阿刀は、両腕に潰れた小虎を抱えあげた。きゃあ、と声をあげた周囲を鋭く見やる。
「ほら、見世物じゃないからそこ開けて。あと誰か人呼んで――」
「こちらです」
 ほとんど音もなく、使用人がそばに来ていた。使用人の案内で、阿刀も邸内に入る。
 おそらく緊急用に用意されていたのであろう一室に小虎を寝かせる。
 織田も続いて運ばれてきたのを横目に見て、阿刀は外へ出た。
「他に具合の悪そうな方はおられましたか?」
「見るかぎりいなかったみたいだけど……」
 ありがとうございます、と送られて外に出ると、ひんやりとした夜気が肌に触れた。パーティ独特の興奮と酒気で火照っていた頬がすうっと冷えていく。
「好き、ねえ……」
 いくらなんでも冗談だろう。そうであってほしい。
 そもそも――自分にその資格は、きっと、ない。

 柵の向こう。
 落ちていく、小さな背中。

 どれほど言葉を尽くしても、届かないことはある。
 耳を塞いでしまえば、どんな言葉でも届かない。

 庭に施された装飾イルミネーションが、一瞬ぐにゃりと歪んで見えた。