御狗様
【御狗様】
Kさんから、私のSNSアカウントにDMが届いたのは、先月のことだった。
このアカウントは怪異譚の収集用に開設したもので、時おりDMで送り主が聞いた、あるいは体験した、という触れ込みで話が届く。
ネットにある怪談の転載や改変したような話もあったが、時にはネットで見たことのない不思議な話も届く。
KさんからのDMは、中学生の時に流行っていたという【御狗様】という降霊術に関するものだった。
興味を持った私はKさんに連絡を取り、詳細を聞くことができた。
当人に許可を得たので、その内容をここに掲載する。
私が中学生のときの話です。
そのとき、クラスの女子たちの間ではちょっとしたオカルトブームが起きていました。
こんなおまじないをやって効いたとか、恋のおまじないはこういうのがある、とか、そういった話を昼休みとか放課後にグループで集まってよくやっていました。
でも一人だけ、そういう話を全然しない子がいたんです。その子がRさんでした。
Rさんはクラスでちょっと浮いていました。私とは小学校が違ったのですが、小学校が同じだった友達は、Rさんを「気持ち悪い」って言ってました。
Rさんは学校に来ることも少なくて、学校に来ても、時々誰もいないところをじっと見ていたり、誰もいないのに何かぶつぶつ言ってたりして、確かにちょっと不気味だなあ、って思ってました。
でもそれくらいで、例えば授業中に霊がいるとかいって騒ぎ出すとか、そういうことはなかったんです。むしろそういうことは嫌いっていうか……。
隣のクラスにも霊感があるって言ってる子がいて、授業中にも血塗れの女がー、とか言って騒ぐような子だったんですけど、時々クラス合同の授業でそんなことがあったときには、Rさん、すごく冷めた顔で見てたんで……。
それで、そのときクラスで一番流行ってたのが【御狗様】でした。
御狗様は、参加者の名前と、いろはにほへと……で五十音、あと鳥居を書いた紙と五円玉、それにオクモツを準備するんです。
五円玉に参加者は指をおいて、御狗様を呼び出して……オクモツと引き換えに、願いを叶えてもらえる……っていう、こっくりさんみたいなものですね。
でも御狗様にもルールがあって、こっくりさんのルール……指を離しちゃいけないとかの他に、
・願い事は一回につきひとつ
・【御狗様】の機嫌を損ねてはいけない
・オクモツは肉でないといけない
・オクモツを忘れてはいけない
ってのがありました。
で、ルールを破ったら呪われる、って言われてました。特にオクモツが足りなかったり、オクモツを忘れたりしたら、願い事に足りる分、参加者が身体の一部を取られる、って。
そのとき、クラスにはAさんって子がいて、この子が私たちの女子グループのボスというか……まあ、一番上の子でした。
Aさんは家がすごくお金持ちで、クラスの子たちの中でも別格というか……グループに関係なく、誰も逆らえないような雰囲気でした。
このAさんが、放課後に集まって【御狗様】をやろう、って言い出したんです。
たまたまその日、私たちのグループにいた二人が学校を休んでたり、放課後に用事があったりで、集まれるのはAさんと私ともう一人だけでした。
それで、Aさんがもう一人くらい誘おうよって言い出して、声をかけたのがRさんでした。
でもRさんは、Aさんの誘いを断ったんです。あれは危ないから、って。
……いま思うと、そのときのRさん、なんとなく怖がってるように見えました。
ただAさんは、そんなRさんにすっかり腹を立てて……かなり強引に誘おうとしたんですけど、Rさん、委員会の用事があるから、って、結局加わらなかったんです。
それでAさん、すっかり怒っちゃって、【御狗様】にこうお願いしたんです。
Rさんを痛い目にあわせてください、って。
オクモツは……なんだったかな。あ、そうそう、Aさんが持ってきてたハムだったと思います。はい、Aさん、もともとその日にやるつもりだったんですね。
……でも、オクモツが足りなかったみたいで。
指を置いてた五円玉がずっと「たりないたりない」って、そればっかり指すんです。
皆怖くなって、お帰りください、ってお願いしたんですけど、帰ってもらえなくて。
そうしてたらRさんが、教室に戻ってきたんです。
Rさん、私たちを黙って見てたんですけど、鞄からカッターナイフを出したんです。
「何する気?」って聞いたんですけど、Rさんは答えなくて。近付いてきたと思ったら、いきなりカッターで自分の手を切ったんです。
それから血だらけの指を五円玉に乗せて、「お帰りください」ってRさんが言ったら、五円玉ははじめて「はい」って動いて……。
私たち、かなり騒いでたみたいで、そのあとすぐに教室に来た先生にRさんは保健室に連れて行かれて、私たちも【御狗様】をやってたことがバレちゃって叱られました。
Rさんが次に登校してきたのは確か……二日後、くらいだったと思います。次の日は休んでましたから。
それでRさんに色々聞こうと思ったんですけど、Rさんはあれは危ないよ、って言うばっかりで、詳しいことは教えてくれませんでした。
(引用:『現代怪談』 XX書房)