関係の名称

 バイトが終わった後、スマホを見るとニノマエくんからメッセージが届いていた。

 

『塞翁君、今度の日曜日、中央公園で古本市をやるみたいだから一緒に行かないか?』

 

 メッセージを見て、すぐにシフトを確認する。

 運よく、その日曜日は休みだったので、おれはすぐにニノマエくんに『行く行く!』と返信した。

『決まりだな!』

 ニノマエくんからそんな返信と一緒に古本市の案内のサイトが送られてきて、今からわくわくする。

 

 

 中央公園はいつもと違って、いくつもテントが連なっていた。

 テントの下では、色々な書店が本を並べている。箱猫市だけじゃなく、他の地域からの出店もある。

 古本市ではあるけど、本だけじゃなく、昔の映画のポスターとかパンフレットなんかも売られている。

「こんなにあったら目移りするな!」

 おれの横で、ニノマエくんが声を上げる。

 長いまつ毛の下で、黒い目がきらきらしている。

 フリルのついた赤いキャミソールワンピース、黒い髪にも同じ色のリボンが結んであって、今日もニノマエくんはやっぱり美人だ。同じ男子だと思えない。

「うーん……よし、向こうに行ってみないか?」

 おれが入口で貰ったマップを広げている間に、周りを見回したニノマエくんが少し奥まったところの店を指さす。

 まだそのあたりまで行く人はいないみたいで、店のあたりは混んでいない。

「いいっすね!」と答えて、おれもニノマエくんの後を追った。

 

 そこに出店していたのは、箱猫市から数駅先の市にある古本屋だった。

 並んでいる児童書や一般書の背表紙を目で追っていく。

 小さいときに好きだった本もあって、なんとなく、小さいときに仲が良かった相手にまた出会ったみたいな気がした。

 隣で本を見ていたニノマエくんが、あ、と声を上げる。

「やった、この本、探してたんだ!」

 ぱっと顔を輝かせたニノマエくんが、棚から『トム・ソーヤーの冒険』を取り上げる。

「前から読み返したかったんだけど、この本の訳じゃないとしっくりこなくてさ。でも古い本だから中々見つからなかったんだ」

「ああ、その気持ちわかるっす。一回読んだ和訳に馴染んじゃうから、他の人の訳だとちょっと違ってて、気になることあるんすよね」

「そうそう、名前とかならまだいいんだけどさ、一人称とかが違ってたりすると気になって読めなくなっちゃうんだよな」

 会計を済ませたニノマエくんが、ご機嫌で他の本を眺めている。

「そういえば、『トム・ソーヤーの冒険』ってさ、トムと友達が家出して無人島に行く下りがあるだろ? はじめて読んだときに、家を離れて知らない場所ですごすのにすごく憧れたんだ。無人島を探しに行こうとして、自転車で川を遡って山の方まで行ったこともある」

 結局無人島は見つからなかったし、暗くなって帰れなくなるしでさすがに親に怒られたけど、ってニノマエくんが笑う。

「でもさ、友達とそうやって一緒にすごすのって、やっぱり楽しいよな。修学旅行のときだって楽しかったし」

 友達。

 ニノマエくんの言葉に、一瞬、おれは言葉に詰まった。

 ニノマエくんは、おれを友達だと思ってくれているのかな。

 そうだったら嬉しい。嬉しい、けど。

 おれが昔したことを知ったら、ニノマエくんはどう思うだろう?

「塞翁君、邪魔になってるぞ」

「え? あ、ごめんなさい!」

 慌てて後ろの人に場所を譲る。

 二人でぐるりと店を見て回る。絶版になった本が並んでいる店もあって、財布とにらめっこしながら店を見て回るのは楽しかった。

「お腹空いてきたな。塞翁君、どこかに食べに行かないか?」

「そうっすね。あ、おれ、この近くのレストランの割引券持ってるんで、そこ行きません?」

「いいな、そこに行こう!」

 ニノマエくんのワンピースの裾がひらりとひるがえる。

 スマホで調べると、レストランまでは歩いて十五分くらいだ。

 公園からレストランに歩いていく途中、ニノマエくんが足を止めて、鞄からスマホを取り出す。

「あ、姉貴から電話だ。塞翁君、ちょっと先に行っててくれ」

 ニノマエくんに言われて、先を歩いていたとき。

「コト、何やってんの?」

 よく知った声を聞いてふりかえる。

「蓮……」

 そこに立っていた蓮が、おれと、おれが持っていた紙袋を見て尖った声を投げる。

「コトは私の奴隷で、私の手足でしょ? 何遊んでんの?」

 刃をともなった声が、おれの胸を刺す。

 俺が答えるより先に、蓮が顔をしかめる。

「ふざけんなよ。そうやってる間にトーリが苦しんでたら、トーリに何かあったら責任取れるの? できないよね? コトはトーリを見殺しにしたんだもんね?」

 ばさりと音を立てて、持っていた紙袋が蓮の手に渡る。

「ちょ、蓮、止め――」

「うるさい。奴隷のくせに」

 蓮の昏い目が、おれを睨みつける。

 

「おい、僕の友達に何をしている」

 

 凛とした声。

 電話が終わったらしいニノマエくんが、蓮の手から紙袋を取り上げる。

「は? 何、コト、こいつとも友達ごっこしてたわけ? そんなわけないよね? コトは私の奴隷なんだもんね? こいつとコトは友達じゃないよね、ね、コト?」

 毒を砂糖で包んだ蓮の声が、おれに投げつけられる。

「コト?」

「それは……」

「友達じゃないよね?」

 う、と言葉に詰まる。否定はしたくない。でも……。

 おれが黙っているのを見て、蓮が今度はニノマエくんに向かって口を開く。

「わかった? コトは私の奴隷なの。この顔だから騙されたのかもしれないけど、コトはあんたの友達じゃないの」

 叩きつけるような、蓮の声。

 ニノマエくんは、どんな顔をしているだろう。

 

「何言ってるんだお前。だいたい奴隷奴隷って、さてはお前古代ローマ人か?」

 

「……は?」

「誰だか知らないが、塞翁君は僕の友達だ。文句あるか」

 友達。

 思わず顔を上げる。

「何あんた、話聞いてた? コトは――」

 尖った蓮の声を打ち消すように、ニノマエくんが強い声をかぶせる。

 腕を組んで、顎を上げて、まっすぐに蓮に目を向けて。

「僕はな、相手が赤ん坊だろうが同級生だろうが爺婆だろうが、友達だと思ったら友達だと言うんだ! 大体、何だって僕の人間関係をお前みたいな古代ローマ人にお伺い立てなきゃいけないんだ馬鹿馬鹿しい。ほら行くぞ塞翁君、僕はお腹が空いてるんだ」

 ニノマエくんに、腕を掴まれる。

「ちょっと――」

「ああもううるさいな」

 何か言おうとした蓮を遮って、ニノマエくんが蓮に顔を向ける。

 

 

「塞翁小虎は僕の友達だ。――僕の基準を、お前が決めるな」