非日常的日常 #3
『へー、織田さんって有言実行できる人だったんだ、すごーい』
やってしまった。
人気のない教室。買って間もないスマホの画面に並ぶ、送信したばかりの皮肉をこめた文字列を見、わたしは小さく溜め息をついた。
誰かに対して負の感情を向けるのも、誰かから負の感情を向けられるのも面倒なのに。
彼女の思惑なんか知らない。取引だとか、どうでもいい。ただ、腹がたった。
取引材料にされたこと――ではなく、ただ一方的に、勝手なことをされたことに。
これ以上、面倒に巻き込まないでほしいのに。
仮装集団との接触だって、わたしはしたくてしたわけじゃない。
帰り道にあの人たちがいて、悪魔だとかなんとか言われて、それでも無視していた。
カルトだろうが歴史があろうが、宗教なんて、好き好んで関わりたいわけがない。
絡んできたのは向こうだ。私は指一本触れなかった。言葉だって交わさなかった。
だというのに、仮装集団に接触したからと生徒指導室に呼び出され、何度も何度もした説明を、また一から繰り返す羽目になった。加えて事情はどうあれ、接触したのは事実だから、と散々叱られた。
疲れた。
自分がこんな目にあって、それなのに彼女は何もなく、むしろ教頭と取引までしている――おそらく自分が接触したことは伏せて――ことが、気に入らなかった。
だからほとんど衝動的に、秘密だと言われていた掲示板を晒してしまった。
彼女は怒り狂うかもしれないし、なんなら明日から無事に登校できるかどうかわからない。登校するなり病院行き――なんて結果もあるだろう。
それは面倒ではあるけれど――正直に言って、少し溜飲は下がった。彼女だって、少しくらい困ればいい。
教室を出て、昇降口へ歩く。目の端を、すいと人影が横切っていく。首がないから顔はわからない。スカートを履いているから、女子生徒だろうとは想像がつくけれど。
――えー、レイちゃんとあそぶのやだ! だってキモチワルイもん。
――なにぶつぶつ言ってるんだよ! あっちいけよ!
耳の奥で、いつかの声が木霊する。いつ言われたか、誰に言われたかなんて、覚えてない。
言われたってどうしようもない。見た目が明らかに違っているのなら――それこそ首がないとか、上半身だけとか、逆に手足がやたらに多いとか――流石に区別はつく。
けれど。
そうでないのなら、一体どこで区別をすればいい?
壁にかかっている鏡をちらりと見る。
自分と、その後ろに赤いスカーフを持った女子生徒、詰め襟の男子生徒、学帽を目深に被った――たぶん――男子生徒。
振り返れば、鏡に写っていたのと同じ姿が見える。
こんなにはっきり見えるものを、どう区別しろと言うのだ。
そもそも――自分が『こちら』に生きていると、それは確かだと、どうすれば言える?
その『問』に、答えることは、できなかった。